• 小野 晶史

2021年3月号社説:東京オリ・パラ、コロナ…言いっぱなしの批判が飛び交う・肝心のポストコロナの議論は進まず終息後に不安─ ポストコロナに向けて何も進まない現状に思うこと ─

最近、オリンピックやコロナのワクチンを含め、考えさせられることが多い。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任に追い込まれた「女性蔑視発言」だが、マスメディアの「切り取り」による印象報道が際立つが、森会長辞任表明後も今度は橋本聖子新会長の就任にもあれやこれやとの難癖がつく。


終いには東京オリンピック・パラリンピック開催中止論者が声を上げ始め、女性の人権擁護の声やパワハラ防止の声も加わり、事態はよくわからない方向へ展開している。確かなことは今の政府が気に食わないということなのだろう。菅総理に対する攻撃は日に日に増し、便乗する形でオリンピックも中止しろと言わんばかりの異様な声の大合唱が続く。


加えてコロナのワクチン接種の方法についても気に食わないのだろう。「遅い」「慎重にすべき」「不安だ」とあれやこれやと言いたい放題の「批判」が噴出する。その矛先もやはり政府に向かっている。


政府のあり方を国民が批判することはとても大事なことなのだが、今の「批判」は果たして何か有益ことがあるのだろうか。今は多くの懸案が山積みされており、コロナが終わるかどうかは関係なくすぐにでも動かなければならない案件も多く抱える。コロナでも国産ワクチンの開発がなぜ進まないのか、しっかりと原因を追求して日本の医療行政を改革する必要があることは言うまでもない。


海外をみれば中国の海警法改正に伴う日本の国防のあり方の議論も必要だ。ワクチンの打ち方の是非論で議論を戦わせるのではなく、ポストコロナの時代を見据えて少しでも多くのことを進めていかなければならない。医療制度の改革も既に水面下では進んでいるだろうが、肝心の旗振り役である政府が批判の矢面に立たされ、同情するが、防戦一方となっているようでは一向に進まないだろう。


オリンピックが仮に中止となれば、今度もその批判の矛先が政府に向くことは間違いない。中止でなく無観客でもチケット収入がなくなり、日本はやはり大きな負債を抱えることになり、事実上開催しか選択肢はないにも関わらず、批判だけは止まらない。


コロナ対策でも休業補償などの財政出動も「こっちにも」「あっちにも」と次々補償を求める声が飛び出す。補償の濫発は必ずツケが返ってくることなどお構いなしで、増やそうが引き締めようがどちらでもやはり批判する。何をしようが批判される今の政府には同情を禁じ得ない。肝心の批判する野党政治家や在野の評論家からは具体的な青写真は見えないままで、言いっぱなし。残念だ。

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