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執筆者の写真小野 晶史

ニホンウナギは絶滅しない

ニホンウナギは絶滅しない。


ウナギのような回遊動物の「絶滅危惧種であるかどうか」の議論で、ニホンウナギをその俎上に載せるには無理がある。今、ニホンウナギが絶滅危惧種であるとされる根拠は漁獲量ではなく、シラスウナギの池入れ量と内水面での天然ウナギの漁獲量のみだ。どの国、そしてどの地方・都道府県でいつどれだけシラスウナギ が採れたかの統計もない。天然ウナギに至っては海面に大量に生息するとされる天然ウナギの漁獲実績もなければ生息尾数も判明していない。脆弱な漁獲データと「予防原則」と呼ばれる「絶滅しそうだと思ったら守るべき」曖昧な判断基準により2014年にニホンウナギは「絶滅危惧種」入りしてしまった。


果たして、正しいことだったのだろうか。ウナギはいうなれば海を回遊する小型生物。その漁獲量は資源量だけに影響を受けるのではない。気候、海流などの海洋環境、そしてウナギの場合は河川、沿岸域の環境変化などにも影響を受けて増減する。いくら資源量が潤沢でも地球環境変化の影響を受けて漁獲量が激減することが起こり得る。漁獲量が分かっていたからといって資源が絶滅するのかどうかの判断もできないが、ニホンウナギの研究ではその漁獲量すら明らかになっておらず、入り口にすら到達していない。


まず、ウナギの資源量の議論をしたいが、何よりもまずウナギはクジラや陸上の大型動物のように頭数をカウントできない。大雑把にカウントすると毎年2〜5億匹のシラスウナギ が東アジアで採捕される。ただ、遡上しないシラスウナギも東アジアの太平洋沿岸に多数生息する為、実際の生息数(資源量)は膨大だ。資源量を一年以上の天然ウナギで2万㌧と試算する研究者もいるが、天然ウナギ1年生の重量を100gとした場合、単純に計算しても2億匹が東アジアの内水面・海面の膨大なエリアに生息する。しかもその大半を占める海ウナギの生息域は多くが水深80〜100mの深海だ。そんな広域で深いエリアにいるところに網を入れてウナギを一網打尽に漁獲することなどできない。ニホンウナギを絶滅させることは現実的ではない。


本来であれば絶滅危惧種として位置付ける前にその資源量をしっかりと研究するべきだ。しかしながらその研究は道半ばで、資源量は誰も事実を把握できない状況である。


ではなぜ「絶滅危惧種」とされてしまったのか。それは2012年のシラスウナギ漁に遡る。2012年の冬に始まったシラスウナギ漁で未だ経験したことのない4年連続の不漁となったが、不安に駆られた業界関係者及び研究者は産卵場に戻るはずの親ウナギがいなくなってしまっている可能性を指摘し始めた。そうした声に後押しされる形で「絶滅するかもしれない」と言う「予防原則」(「『絶滅するかもしれない』からとりあえず『絶滅危惧種』にして守った方がいい」と言う考え)が浮上、「絶滅危惧種」として取り扱われてしまった。


しかしながら5年目の2013年冬にはシラスウナギ が豊漁となり、産卵場に親ウナギが戻っていることが判明、それまでの「絶滅するかもしれない」という前提が狂ってしまった。


にもかかわらず、研究者は上げた拳を下ろすタイミングをなくしてしまっていた。国際自然保護連合のレッドリストで絶滅危惧種に加える動きを止められず、杜撰な資源量の査定をもとに「絶滅危惧種」入りさせてしまった。これに某大手マスメディアや環境系の記者たちも一緒になってニホンウナギが「絶滅危惧種」であることを連呼、取り返しのつかない状態となっていく。


中でも研究者・環境保護団体による「食べるな」というキャンペーンは強烈だった。


「ウナギ蒲焼を食べる事は罪」と言わんばかりに「食うな」「買うな」の大規模なキャンペーンが展開されていった。肝心の漁獲量データはまとまらず、当然ながら資源量に関しての研究や知見は見られないまま、事実と乖離した日本のウナギ稚魚漁獲データとシラスウナギの池入れ量データだけを握りしめて「絶滅危惧種論」を叫び続けた。お粗末としか言いようがなかった。一般の消費者は「絶滅するのに食べてはいけないじゃないか」と勘違いし、消費そのものも大きく後退させていった。


しかしながら当時、資源量の研究を進めていた研究者もいた。一部ではあったが、日本政府の後押しもあり研究者もウナギの資源研究に真摯に取り組んでいたが、2015年に発表されたその研究の結果は「1歳以上の天然ウナギは東アジアの海面・内水面に2万㌧存在する」「緩やかには減少しているが、絶滅する事はない」というものだった。しかも海面での生息場所は水深80〜100mの深海であるとの推論も出ている。漁業者の網の届かない水域で生息していることが本当であれば多くの天然ウナギは「サンクチュアリ」に守られているのであり、「絶滅」という言葉からはかけ離れた存在であると言える。しかし、これは当時のウナギ研究界にとって「あってはならない」結論だったため、多くの研究者は目を背け、引き続いて「食べるなキャンペーン」は展開されていった。


そうしたキャンペーンが展開されていったにもかかわらず、シラスウナギ漁は増減を繰り返しながらも、言われるような絶滅する傾向は一切見出せない。資源量が緩やかに減少していることに反対はしないが、絶滅するような状態にはないことを感じさせる。


実際に国際自然保護連合によるレッドリスト入りした後、ワシントン条約での規制の話も持ち上がったが、資源量の研究が不十分であるとされ、ニホンウナギのワシントン条約レッドリスト入りは見送られている。まず「資源量の研究をすべき」というのがワシントン条約締約国の考え方であろうと思う。


ただ、誤解のないようにいわせて貰えば、「絶滅するかしないか」にかかわらずウナギの資源保全の努力は必要だ。ウナギ養殖は天然資源を利用した事業であり、天然資源に対して完全に無害ではない。絶滅しないからといって無尽蔵に利用することは避けなければならない。かと言って「食べるな」という極論も不要なのではないだろうか。業界では長らく稚魚ウナギや成魚サイズのウナギ、さらには産卵状態に近い大型の「親ウナギ」の放流も行っている。その成否はそれぞれ議論されているが、何よりも「資源を守ろう」とする気持ちが大切だ。「効果がないからしない」のではなく、こうした放流事業を継続することで「資源」を大切に思う気持ちをつないでいくことができる。そして、その気持ちがある限り、資源の保全を継続することができる。


また、放流だけでなく河川の整備も重要だ。河川に生息する天然ウナギの減少は「乱獲」以上に「河川環境悪化」の影響が大きい。なぜなら内水面の漁業者は高齢化や後継者不足により年々減少しており、漁獲圧は弱まっている。天然ウナギの漁師が激増している話なども聞かれないし、「過剰な漁獲」は現実的ではない。それよりも環境悪化による生息数の減少が大きいのではないか。いくらシラスウナギが河川を遡上してもその河川は餌となる小魚・エビが減っており、ウナギにとって適した環境とは言えない状況になっている。護岸工事によりウナギの寝床の葦原も減り、隠れ家もない。生息環境が悪化している河川・湖沼で一体どれだけのウナギが生きていくことができるのだろう。それよりも人の手の及ばない水深100メートル前後の深海で安全に生息したくなるのではないか。


前出の海に生息する海ウナギの資源量としては、一歳以上(50〜100g/尾)の天然ウナギで2万㌧もの数が東アジアに生息しているという説が有力だろう。また、資源量に関する研究は2015年と2019年に2回行われているが、その内容では「絶滅する可能性は低い」ことが明らかになっており、「絶滅危惧種」に当たらないことは異論の挟みようのない結論とも言える。ただ、未だにその研究者達の論文はウナギの研究者・マスコミからことごとく黙殺されているようだが…。


要は河川に棲まずに海に「避難している」とも言えよう。今に日本をはじめとする東アジアの河川環境が改善すれば多くの天然ウナギが海から移動、いつの日か内水面に戻ってきてくれるのではないか。


こうしたことを無視して河川・湖沼にウナギがいないからと言って絶滅したどうのこうのとは早計だ。ましてや「絶滅しない」からといって無尽蔵に採り尽くすのは論外だ。「天然資源を利用している」ことを肝に銘じつつ、じっくりと中長期的に資源の保全に取り組んでいくことを望みたい。

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