シラスウナギ漁の好不漁と相場乱高下・1
- 小野 晶史
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- 11月23日
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資源が安定してるウナギがなぜ資源枯渇だ、絶滅危惧だと言われてしまうのだろうか。何よりも大きいのは稚魚であるシラスウナギの漁獲量増減の激しさによるところが大きいだろう。しかし、ニホンウナギの資源量データは不十分だ。数量的なデータは日本の内水面・汽水域でのシラスウナギ、そして成魚の天然ウナギの漁獲量、そして国内外養殖場の池入れ量しか存在しない。そのシラスウナギの漁獲量も申告制の信用度の低いデータしか存在しない。漁獲量ですらまとまっていないのに、資源量の議論を繰り返してきたわけだが、片手落ちどころの話ではない。私はこの6年間、シラスウナギの漁獲量をはじめ、様々な取材を進めてきて独自の考え方を作り上げるに至ったが、それは後日説明するとして、これまでのウナギの資源問題における片手落ちの調査・研究による絶滅危惧種論には言葉もない。
こうした絶滅危惧種論があちこちで声高に唱えられてしまう背景にあるのがシラスウナギの好不漁の激しさに加え、その相場高騰劇の激しさと言える。なぜ、この5年の間に最高値のキロ400万円もするシラスウナギの価格が飛び出したのか。それはメディアや「知識層」が殊更に振りかざす「闇」や「裏」の話でもない。もし、そのようなものが影響してそうした価格が飛び出すのであれば、とっくの昔にキロ400万円の話になっていた筈だ。もちろん養鰻業者やブローカーの責任でもない。こういうことは養鰻業というものを正しく理解すればすぐにわかる話でもある。改めて異常価格形成のメカニズムを歴史を振り返りながら説明したい。
ウナギ養殖の根幹とも言える稚魚のシラスウナギは全て天然である。東アジア全体で採捕されるシラスウナギだが、その採捕量は2020年シーズン(2019年11月〜2020年6月※1)のように100㌧を超えるかと思えば、15㌧程度しか採れない時もある。10分の1まで採捕量が激減すると流石に関係者は動揺するのだが、採捕量の多寡は決して資源量だけの問題ではなく、産卵場や回遊経路の海洋環境、そして採捕地の降水量など、天候にも左右される。いくら資源量が潤沢でも海洋環境・天候のいずれもがシラスウナギの遡上を妨げる状態にあれば、採捕量は激減する。ただ、資源状況が安定しているのだろう、翌シーズン、海洋環境か採捕地の気候が回復するだけで採捕量は一気に回復する。その両方が回復すれば昨シーズンのような大豊漁となる。
※1シラスウナギシーズンは11月から翌6月まで。日本は基本的の12月から翌4月までの120〜150日(時期は自治体によって異なる)。
長いシラスウナギ漁の歴史において、常にこの不漁と豊漁の繰り返しを続けてきている。不漁続きということはないので採捕量の増減は資源量に影響を受けておらず、海洋環境や天候の影響により増減していると推測される。
また、シラスウナギ流通環境もこの30年で大きな変化を遂げてきた。これは日本の養鰻技術の劇的な向上に起因したものと言えよう。日本の養鰻業者はこの30年、養殖技術の安定により成育のスピードアップが可能となったこともあり、1月初旬までに池入れしたシラスウナギの多くを夏の土用丑の日までに出荷できるようになった。料理店で繁忙期を迎える夏の需要期に合わせて出荷できることで安定した需要と池揚げ相場を確保できるだけでなく、オフシーズンとなる初秋までに出荷を終え、養鰻場を一度、空にした上で11月下旬からのシラスウナギの池入れができるようになった。一年で出荷を終え、一定期間養殖場を休ませた上で次年度の生産に入ることが可能となり、業界では「単年サイクル」というような呼び方でこの早期出荷生産・出荷体制を呼ぶようになった。
単年サイクルの養鰻生産が増えることで、需要期である夏の土用丑の日に出荷数量を増やすことができるだけでなく、「新仔」と呼ばれる「一番仔」を出荷できたことも大きい。職人が好む「割きやすくて柔らかい」新仔のウナギを夏場に安定供給できることから料理店でも引き合いは高まった。需要期であるため相場も安定、状況次第では生産者も高値相場を期待できるような展開もあったことから、生産者の間でも次々単年サイクルに移行する動きが加速した。11月下旬から1月初旬までにシラスウナギを池入れすれば秋までに出荷を終えることができるため、生産者はこぞって早い時期のシラスウナギの池入れを要望、早期に採捕されるシラスウナギの需要が急速に高まった。しかも、早期の出荷体制をとることができるのは閉鎖式のハウス養殖だけだったため、日本だけ(一部中国でも早期生産が可能な生産者もいる)が可能な生産スタイルとなり、早期のシラスウナギをほぼ全て日本が仕入れる構造が確立した。
しかし、この養殖スタイルには弱点もあった。単年サイクルの養殖を行うにはシラスウナギを1月初旬までに池入れしなければならない。不漁時には国内外のシラスウナギのブローカーから「池入れ期限」が近づいていることを見透かされ、相場を一方的に釣り上げられてしまう。不漁シーズンに需要に対して供給量が全く追いつかないような状況で採捕されたシラスウナギを買い付ける場合には、多くの確率で異常とも言える「奪い合い」が発生する。シラスウナギを持つブローカーに買い付けが殺到することになるが、その場合、ブローカーは複数の販売先に「他の人も買いたいと言っている」「〇〇は〇〇万円でオーダーを入れた」「もっと高く買ってくれればあなたに売ってもいい」という情報を流布、高値を出さないと買い付けできないというような状況を作り出す。そうした情報を受けて単年サイクルの養鰻業者を中心に買い付け競争が加熱、池入れ時期が迫っている場合にはブローカーの言うがままの価格で、異常な高値であっても買い付けを了承してしまう。
特に、台湾や中国では日本よりも早い時期にシラスウナギの採捕シーズンが始まるため、台湾や中国のシラスウナギに対する単年サイクルの生産者の依存度は大きい。本来であれば鮮度の面からも養鰻場から近い日本で採れるシラスウナギが一番良質であることに変わりはないが、日本でのシラスウナギ漁の本格化が遅れた場合、「池入れ期限」を抱える単年サイクルの養鰻業者は日本の漁模様がまとまるまで海外からのシラスウナギの輸入に依存しなければならないという事情を抱えている。海外の採捕者は日本の養鰻業者のことなど一切考慮せずに採捕・販売する。そのシラスウナギを集荷、取りまとめるブローカーの中にもウナギに全く興味の無い投機的なビジネスの一つとしてしか認識しない人もいる。そういう人たちに「足元を見られ」てしまうと、当然のように価格は青天井となってしまう。こうした海外採捕分のシラスウナギの動きも加わることでその価格は実需とは関係ない「相場もの」としての動きをとってしまう。多くのシラスウナギの暴騰劇は12月から1月にかけて引き起こされることからも、いかに単年サイクルの生産者にとってシラスウナギの確保がリスクとなっているか、生産者の環境が厳しいことを窺わせる。
ただ、その結果、この30年近くの間にシラスウナギの相場の高値ラインが異常なほどに上昇してきた。その相場は私が知る限りキロ当たりの単価で最安値では5000円ほどだが、最高値は450万円まで乱高下したことがある。世界広しといえども、ここまで相場が乱高下する魚はニホンウナギのシラスウギだけだろう。ヨーロッパウナギやアメリカウナギですらキロ当たり5000円から最高値で120万円、その他の魚でもアユの稚魚でもキロ3万円が最高だった。1キロに5000尾から7000尾が含まれるその取引は、養殖業者の一回あたりの購入で数量が30キロから200キロ、尾数的にみても15万尾から140万尾と膨大だ。金額でも最高値のキロ400万円の場合、一回の購入で支払う金額は1億円から8億円となる※2。たった一度の購入でその金額が動くシラスウナギビジネスだが、その反面、事故で全滅した場合、一円の価値もなくなってしまう。億を超える商品が一瞬にして零円となってしまう、非常にリスクの高い、ある意味常軌を逸したビジネスだが、うまういけば一攫千金も可能で、それだけ旨味の大きい世界とも言える。
※2ニホンウナギの重量は標準で一尾0・2グラム。ヨーロッパウナギは0・5g、アメリカウナギは0・15g、アユの稚魚は0・5〜1g
そういう側面を持つ魚であることは事実だが、さすがにキロ400万円を超えるのは異常だ。2018年から2019年のシーズンでニホンウナギのシラスウナギに一時的にキロ400万円を超える水準の価格が飛び出したが、この場合、1匹が800円。その1匹を養殖して成魚サイズである200グラムに達した時点でキロ単価で見るとシラスウナギのコストだけでキロ4000円※3につく。そこから養殖経費のキロ2000円を乗せるとキロ6000円で出荷せざるを得ない。料理店で1尾1200円のコストにつくことになるが、実際は流通経費がかかるのでお店の仕入れ価格はキロ8000円以上、一尾単価で1600円を超える。1尾付のお重を食べるとお重の価格はどんなに安くても5000円を越えなければ合わなくなってしまう。家賃の高い都市部のお店や高級業態の店舗では一尾付きのお重は8000〜1万円に達する。ランチタイムの価格の水準を考えるとこうした価格のお重は完全に超嗜好品の域に入る。かつてはランチタイムで1500円前後のうなぎメニューが主力だったが、そうした価格での販売は絶望的だ。
※3出荷時に1キロに5匹のウナギが入る計算となる。シラスウナギが1匹800円のため、800(円)×5(匹)で1キロの価格は4000円となる。
そもそもシラスウナギ漁はこの数十年の歴史でしかない。かつてはクロコウナギというシラスウナギが成長した段階の漁が主体だったが、そのシラスウナギ漁の歴史を振り返っても今のような価格が飛び出したことはなく、あくまでこの近年の傾向といえる。キロ400万円という価格が飛び出したのは2018年の冬だが、数十年前には存在しなかった価格がなぜ起きてしまったのか。単年サイクルの養鰻業者は30年ほど前から増えてきたが、その需要は近年安定しており、今も増え続けているわけではない。早期需要の高まりだけではこのキロ400万円という価格が飛び出した経緯を説明できない。
その発端は今も続く台湾のシラスウナギの禁輸措置と言える。日本で前出のように早期のシラスウナギの需要が高まったこともあり、中国や台湾からのシラスウナギの輸入に対する依存度は年を追うごとに高まっていた。こうした動きに対し、台湾は貴重な「自国資源」であるシラスウナギを早期養殖の需要の高い日本へ年末年始に輸出する代わりにシーズン後半のシラスウナギを台湾に輸出して台湾に「資源」を「返してほしい」と要望、日本の対応を求めた。しかし、その交渉は日本の一部の養鰻業界の強い反対で結果的に成立せず、日本側は逆行する形で「シラスウナギの輸出禁止措置」を発動、台湾も「シラスウナギの輸出禁止措置」を発動する応酬に発展してしまった。結果的に2007年から台湾のシラスウナギは密輸で香港へ移動、香港からするというルートを使わなければならず、歪なシステムで輸入する結果となった。同じく早期のシラスウナギの採捕がなく、台湾のシラスウナギへの依存度の高い韓国も同様に香港から輸入するシステムに依存する結果となり、香港経由で日本や韓国に台湾のシラスウナギが輸出されるシステムが出来上がった。
これがキロ400万円の相場が出現する直接的なきっかけとなった。中国でもシラスウナギの輸出には高率の関税がかけられており、現実的に輸出ができず、台湾・中国のシラスウナギは全面的に香港経由で輸出するしかなかったことから、日本へ輸入されるニホンウナギのシラスウナギも事実上全て香港からの輸入となった。一ヶ所を経由してしか入手できなかったため、香港に集まった一部業者による価格操作が容易だったことも拍車をかけ、相場は投機的な動きを見せつつ、不漁時には大暴騰を見せるようになった。
こうした事態はシラスウナギが漁の好不漁が読みづらい魚であり、予報システムも存在しなかったことも影響した。養殖業者は常に噂に振り回され、不安心理を強く煽られ、「大不漁」と呼ばれるような年には相場が大暴騰する悲惨な事態となる。養鰻業者は自由な時期に稚魚を池入れができるわけではない。これは人工種苗の大量生産ができたとしてもだ。養殖業者は自ら池入れしたい時期があり、その時に必要な数量を池入れする。たとえどんなに価格が高くてもその時の相場で池入れする。それがわかっているブローカーはその時期から逆算してより高い価格でシラスウナギが売れるように、養殖業者との駆け引きを繰り返す。慎重に情報を精査しながら買い時を分単位で探っていく養殖業者だが、一部で流布される噂に心をかき乱され、結果的に採捕者側の相場に踊らされ、異常な高値であるにもかかわらず手を出してしまう。しかも、不漁か豊漁かわからないままにその時点での情報を誇大に強調して右から左へと垂れ流す為、とても質の低い情報に影響を受けてしまう。しっかりしたデータに基づいて予報するシステムが必要だ。
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